吾輩はイヌである。会社に飼われたイヌである。
朝の9時から夜の9時まで働く毎日。もちろん定時である。
毎日サービス残業はあり、日付が変わることもしばしば。さらに『残業を片付けて飲みに行くぞ!』と、先輩が号令をかければ二つ返事で飲みに行き、浴びるほど飲まされ車の中で朝を迎える。
家に帰ってシャワーを浴び、急いで出社し、上司の機嫌で『本日の業務』を決める。もちろん、今日も外回りを選択する。
夏の日差しが照りつける中、まともに外を回ると死にそうになるので『市民プール』で涼をとる。同僚は基本的にバカの集まりなので、水中メガネを持参している。
照りつける日差し、こんがりと焼けた肌、バカどもは『水中メガネのあと』を付けて帰社する。当然、タウンページが飛んでくるのである。
吾輩はイヌであるが野良である。
世間のイヌは鎖につながれて半径が決められるか、建物の中で日がな一日を過ごしている。吾輩は自由である。
ところが、そうではないと知る時がくる。見えない鎖で繋がれているのだ。その鎖は『急な呼び出し』や『定時報告』で知らしめられるのである。
呼ばれたらすぐに戻らないといけない訳だが、他府県にいると戻れないのである。当然、行動範囲は絞られる。
定時報告では『今どこで何をしているのか』を報告するのだが、上司は抜き打ちでパトロールに来るのである。時には来訪先に電話を入れて、吾輩が来たか確認する事もある。とてつもなく信用されていないのだ。
こうした見えない鎖は『見える鎖』より厄介なのである。
吾輩たち野良イヌ集団は、時に他府県に出征させられる。結構な遠方にも行かされるのである。
例えば月~土まで遠征先で過ごし、日曜日だけ自宅へ帰ることを許される。そのような遠征が続くと週末が楽しみで仕方がない。土曜日の夜は最高潮で、『最後の定時連絡』が終わると皆で騒ぎながら帰ってくるのである。
そのうちバカな野良達は土曜日の夜をもっと楽しみたいと、『最後の定時連絡』を帰ってから入れるようになるのである。
本来なら終わってから帰ってくるのだが、楽しみすぎて待てないのである。もちろん遠征先には上司も現れるのだが、平日の昼間がほとんどで最終日に来ることはまず無い。
なので吾輩たちはサッサと帰って来てしまったのだ。
代表で『定時連絡』を入れた先輩が蒼い顔して電話を切った時、上司がバカでないと思い知らされたがもう遅い。『公衆電話からコレクトコールで掛けて来い』と言われたのである。
半泣きになりながら交換手に『〇〇にいるって言ってくれ!お願いします!お願いします!』と頼み込む後ろ姿を、動悸を起こしながら見つめていたものである。
吾輩はイヌである。飼いイヌである。
ただ、餌を取ってくるイヌである。1人の時は好きな場所でゴミ箱をあさり好きな様に食べていたのが、一生懸命集めて会社に上納し、『骨の周りが一番うまいから』と身の無くなった骨を渡され、しゃぶりつき、骨をしがんでうまいと言う。
同僚からは『一番うまいところじゃねぇか』と羨まれ、それに対して優越感を得る。その骨が他人にわたると悔しがり、取り返そうと一生懸命ゴミを漁って上納するのである。
吾輩はイヌである。
(物語はフィクションです)